しかちゃんのブログ(酉)

白米を汚して暮らすよ。

貧血ヤッホー

ぶえー

なんか久々に書くわね。

 

ほとんど起き上がれないまま2023年が終わろうとしている。

床には食べかけのなにかしらとか、注射器が落ちていて、私の内臓からはずっと血が出ている。

こうやって書くと痛々しくて仰々しいんだけど全部ほんとうで、注射器はコスメの詰め替えとかするやつな。なんでそんなとこに落ちてるんだ。拾え。

そんなわけで散らかり果てている。全部燃やしたほうが早いんだ。

さっきシュークリーム食べた。もう胃もたれしてる。早い早い。

食ったものが秒でケツから出ていってる気がする。寝床にいるかトイレにいるかしかしてねーぞ。もう少し落ち着いていけよ。

 

内臓の方は今年何回かぼやいたやつで、年の瀬のよくわかんねー勢いと一緒により一層パワーアップしてメンタルを削りにきてる。満月だったもんね。あーね。ふざけんなよ。

病院が休みになるタイミングでこんなにならなくていいだろ。ほんっとだるい。

こういう疾患てどのタイミングでどんなテンションでその扉をノックすればいいのかがいまいちよくわからない。

とかいうとさー!どいつもこいつも軽々しく色々言いやがってよ、言うは易し、もっと具体的な話してみろよ。あと金。

うるせー!しなせろー!現世に大した用事なんかとっくにねえんだよ!って、わかんなくなるくらい前からずっと思ってる。きしねんりょくんとは6歳くらいからの付き合い。

でもさ、こんなこというとまたなんか色々言うじゃん?それも含めて本当にうるさいんだよね。ぼやくことも許さないなんて殴ってくるよりもよっぽど暴力だよ。だから、どうか黙っていて。

おまえにできることなんてなにもないこと、無力でいい加減でさ、そのくせに傷つきたくなくて、いい顔したいだけの愚かな生き物だってこと、お前が本当に守りたいものはお前自信なんだってこと、もっと自覚してこ?

別にそれは悪いことじゃないんだからさ。

 

色々あるけんね、腐りたい時もある、どれだけぼやいても足りない時だってある、なんならぼやくことも叶わないようなしんどさだってあるわけ。そーゆー気分と思想と自由をてめーの勝手と土足で侵害すんな。静かにしてろ。

 

ことしはほんとつかれた。特に仕事面がまじで疲れてばっかりだった。終始オラついてぶん回してきたけど、実はそんなアツくならなくてよかったのかもしれん。

これ以上ないほどの疲弊に輪をかけて疲弊してて、腹に怒りを、唇に罵声を、みたいな日々だった気がする。

テメーがやらねえならやってやるよ!というキレ方をすぐしちゃうからさ、あと少しだから、と何度も無理を押したのがいまになって全部一気に身体にきてる気がする。そんな感じで色々中途半端ながらも四方八方へ全力になりすぎた気がする。

全力のなにが悪いってさ、そのあとこうやって自分がなんらかのかたちでしんどくなるんだよね。

かといってなにもしないとしにたくなっちゃうから、とまっちゃうとしんじゃうから、などと軽口を叩いてきたけど、本番がついにきたのかもしれん。とか書いてる場合じゃないのかもしれん。風来のシレン。お前は帰りなさい。でもさ、もうよくわかんないんだよね。

まーしかし命の危機を感じるくらいのそれもこれも、この耳鳴りもおさまさない冷えも全部、貧血ですわぁの一言で片付けられる。

 

そう、貧血なのよ。血気盛んな分際で貧血なの。そんなわけあるかよ、あるのかも〜。

 

それでも、クリスマスに食べたご飯がおいしかったとか、「毎年ありがとう」って言われたりとかさ、そんなことで全部報われたようになるんだよね。何の解決もしていないはずなのに。愛は偉大。これ言おうって準備してさ、頑張って面と向かってそんなん言ってくれるのしぬんだが???ってなる。「ア・・アア・・・」みたいな返しかできないのよそんなの。よっしゃ昇天させてくれ。

クリスマスはにんじんが美味しかったんですけど、なにを食うかじゃなくて誰と食うかなのよ。ホイップクリームチーズもバカうまかったし、あの日食べたもの全部美味しかったね。愛してるよ。

そんななか、おじさんからまじ中身がスッカスカな手紙が届いて腹を抱えて笑ったりもしてる。文字の大きさで行を稼ぐな?俺かな?変なペン使うな????

 

相変わらず何もかもを許容するような顔をしてるくせに、何ひとつも許せないよ。腹が立つ度に今すぐ地獄に落ちろって律儀に思ってる。

あーあ、私だけが幸せでありますように!

 

『ぶきような嘘』を観てきた話

『ぶきような嘘』という舞台をがっつり観に行ってきた。

無事、初日から千秋楽まで無事終わった。良かった。本当に良かった。

最後の暗転では気持ちが高まりすぎて、涙をおさえることができなかった。

 

予定通り初日を迎えられたこと

千秋楽まで誰一人欠けることなく終えられたこと

それがどれだけ尊くて、貴重で、奇跡であることかを考えると、堪えるなんて無理だった。

 

この年、わたしたちはどれだけ悔し涙を流しただろう。眠れない夜を過ごしただろう。

今だって、沢山のあの夜の日々を思い出すと、やりきれない思いが涙になってこぼれてゆく。

その悔しさとやり切れなさの全てを、わたしはこの公演にかけた。

 

コンビニのレジで、無感情にジャラジャラと返金されてきたお金のほとんどをぶち込んで、行けるだけに行くことにしたのだった。

 

予定通りの初日の幕開け、印象的な音楽のあとに広がっていった世界は、目を覆い、耳を塞いで叫びたくなるくらい、苦しくて辛くてしんどかった。

「なんでお前がそれを知っているんだ」

そう、叫びたくなるくらいに、私の過去と重なった。

そんなことある?ってくらいに、年齢も感情もリンクし続けていって、混乱と動揺がおさまらないまま、暗転とカテコ。

ひどく動揺した。息が出来なくなるくらいに混乱した。

感情の整理のしようがないまま、フラフラと帰路に着いた。

 

こんな、衝撃的なストーリーだなんて知らない、聞いてない。なんて、まあ、それはそう。当たり前のことなんだけど。

 

こんな突然に、長年ふたをしてしまい込んでいた腹の中のものを引きずり出されることになるなんて、予想もしていなかった。

そんな目にあう人間がいるなんて、恐らく造り手側も想像していないと思う。

 

なんて、思い上がりすぎるくらいに、物語は私の半生をぐりぐりとなぞった。

気持ち悪くなった、吐き気がした、横になっても目眩がするくらいにはやばかった。

 

そして何より

「え、明日も明後日も、その次の週も行くんですけど…」

えーもうヤダ!行きたくない!つらい!しんどい!こわいこわいこわい!ってなったけど、行かないという選択肢はなかった。

次の日も、その次の日も朝起きて身支度をし、劇場に通った。

 

そして印象的な音楽が鳴って、そのままあの世界に繰り返し入り込んでいった。

 

2度目、3度目と回数を重ねる毎に、言動の意味に気づいてゾッとする。

そして、何度見ても「あんなに沢山笑ったじゃない、なのにどうして…」って思ってしんどさに飲み込まれていく。

 

しんどいけど救いはあって、その救いのおかげで息をして日々帰路についた。

 

健のほんとうは、わたしのほんとうだった。

健の嘘も、わたしのほんとうだった。

健が得られたものは、私が得られなかったもの、そしてこの先も得られないものだった。

太郎の欲しかったものは、わたしも欲しかったものだった。

だから、その全部がめちゃくちゃに痛くて苦しくて、そして羨ましかった。

 

ラストシーンで健が太郎にかけた言葉たちが、私の救いとなった。

それに気がついたのは、12月7日の夜公演からの帰宅後で、おいおい泣きながら、救いの台詞を繰り返した。

 

結果として、もう見たくなくてふたをして、しまい込んでいた腹の中を再確認したのは良かったんだと思う。

 

それでも、私が今まで思ってきたことの真実とか、正解に辿り着ける日は未来永劫に訪れない。

この魂の死後に、その答えにありつける保証もない。

 

罪悪感を抱かなくていい、お前が感じたことを信じればいい、憎しみは消えなくてもいい、お前はお前でいい。

 

私自信が、何を真実とするかを決めて、信じたらもう、それでいいのだ。

な、いいよな。

 

 

健の長台詞に、怒号に何度も繰り返し心臓を掴まれた。ただでさえしんどいのに、その迫力に溺れて息が止まった。捕らえられた視線から逃れることが出来なかった。何もかもにどんどん気づいていく健がアツかった。手の演技がくぁ〜!!!!!ってなった。

日替わりの名乗りでだいたい自分で笑っちゃってて毎度死ぬんかと思った。しばらく役名がわからないから、その名乗りを名前として捉えるしかなくて、シリアスなシーンで例えば「セクシーパスタさん…」ってなるわけ。心を全部もっていかれる。

楽で何度も手を叩いてぜんじに脳みそダンスを踊らせてるのは安里勇哉だった。わるい顔してて愛した。

長安里勇哉、ほんっっとに大変だったと思う。色々なことを考えれば考えるほどに、その心情は想像よりもずっとくるものがあったとおもう。出し尽くして立ち続けた姿が凛々しくてほんとに最高だった。はちゃめちゃに愛してる。

 

ぜんじが、宮下さんがほんとにやべぇ、感情を突然かっさらっていく。犬を呼ぶな。野球すな。お洋服がめちゃくちゃかわいい。丈感もシルエットも最高。100点。最終的にめっちゃヒロインだし最後何かの罰みたいにカバンを投げつけられてて割と心配した。あばら骨は無事なのだろうか。

 

太郎の怒りのガチみが強くて、バチバチに刺さってそれはそれはとてもキツかった。後半感情移入しっぱなしだった。太郎もお洋服のシルエットが100点。

 

ミズはふとした時に5歳の女の子に見える時があって、ハッとした。そして強い子。あれは強い。そして白めっちゃ似合う。

 

チコはほんまこわい。ほんま震えたし、わかった上で重ねて震えた。あー!わかります〜って思いつつも震えた。

 

じゅんはワンチャン。そしてめちゃめちゃ要。お洋服がかわいい。パンツのシルエットが100点。

 

キキは危機。そして鬼気迫る感あって、そしてそして震えながら酒飲むん見る度痺れた。膝毎回強打してた気がして心配。

 

平岡はもうほんとちゃんと悪い。あとちゃんとこわい。怒鳴る時とかほんと、ヒェッ…ていつもなる。

 

北根、みみっちさがあって前半好感を置ききれないのが後半でめっちゃかっこよくなる。千秋楽のクライマックスのセリフの言い回しがすげえ腑に落ちてグッときた。

 

もーとにかくメインビジュアルがまじ天才過ぎた。

色味と音が最高に好きだ。あとなんて曲使ってるか教えてほしい。落ちたい。

 

物販楽しかった。

買いそびれてた蛇と亜種のポスター販売してくれたの神すぎだった。しかもポスターとパンフがセット?エッ?イインデスカ!?って思わず喚いてしまった騒いですみませんびびるんだわ。びびるんだわ!!!

ポスターどっちも家宝にします。

フレーム買うぞー

 

濃厚な日々と時間でした。

ほんとうにありがとうございました。

 

 

追記 

以前、私オムさんのことを見かけると、話しかけていいかもよくわからず、ついうっかりガンをつけてしまうという話をご本人にお伝えしたら、話しかけていいよ〜とお返事をいただいたのですが(インスタライブで)

いざエンカウントすると、びっくりしてそのあとめっちゃガンつけるしか出来ませんでした。

道端にいる寄ってこないけど見てくるネコいるでしょ、ほぼそれ。わたしはねこ…

(何この追記…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから下は、完全に自分語りになる。

自分が苦しかった話の上っ面を書きたいから書く。

 

読んで楽しいことなんて何一つない。

しかも、嘘みたいな気分の悪い話をする。

 

一緒にゲロ吐いてやろうって思うなら、見てくれるといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が14の時に、私の母は亡くなった。

病死ではあったが、彼女は、生き続けることを諦めた。

元々、彼女は私が産まれてから、彼女が死ぬまで、自己満足のために、気が向いたときだけ気まぐれにわたしを愛でた。

歯を毎日磨くこと、お風呂に定期的に入ること、下着を毎日取替えること、わたしはそんなことも知らなかった。

その家には、わたしの歯ブラシすら存在しなかった。

 

彼女は物書きで、自宅で仕事をしている人だった。

邪魔にならないよう、暗くなるまでずっと家の外にいた。天気が悪い日は部屋の襖をしめて、とにかく家の中で音を出さないようにして過ごした。

 

父は、2番目に産まれたわたしには少しの興味も持たなかった。産まれたときに会いに来ることも、一緒に暮らすこともなかった。

彼は、私と親子関係を築けることがないまま、数年前にこの世を去り、私はそれをWikipediaで知った。

彼の死についてネットの海を漁ると、正体のわからない女が、彼をパパと呼んで悲しみに暮れていた。何なんだ、誰なんだお前は。

最期をむかえてもなお、親子関係を築くことは出来なかった。

 

でもきっと、彼らが生きていたら私はずっと苦しかったんだと思う。詳細は割愛する。

 

いま、わたしに家族は居ないけど、大した不自由もなく、笑って幸せに暮らしている。

 

だから

彼女が早くに死んでよかった、心からそう思ってる

彼が死んでいてよかった、心からそう思ってる

 

 

ママのことが大好きだった。

抱っこして欲しいときに抱っこしてくれなくても、お話を聞いてくれなくても、授業参観とかに1度も来てくれなくても、ママのことが大好きだった。

病気になってからは、ママはわたしのお話を聞いてくれるようになったから、病室でママと過ごすのがすきだった。

たまの外泊で、ママと一緒の部屋にお布団をしいて寝るのがうれしかった。

それでもあの女は最期まで自己満足のために私を愛でた。鬱陶しそうにされることも多々あった。

全部わかってた、それでもあの頃のわたしは、ママと一緒にいれたらよかった。

 

ママが死んだ時、どうしてパパがお迎えに来てくれないのかが全然わからなかった。

当時はまだ存命だったのだが、お葬式にも来なかった。

どれだけ待っても、あの男はわたしに会いに来なかった。

 

そのあいだ、わたしはずっと血の繋がりもねえふざけた大人どもに殴られ続けて暮らした。

顔を殴られて口の中が鉄の味でいっぱいになる、なんて14歳の子が知らなくていいことだ。

そしてその翌日に顔が腫れることも、声が出しにくくなることも、紐で首を絞めてみてもすぐにどうにもならないことも、裸足で道路を走って逃げた時の足の裏の感覚も何もかも、14歳どころか、一生知らなくてよかったことなんだ。

 

嘘みたいなんだ、わたしのほんとうは。

 

しんどかった。つらかった。信じられるものなんて何も無かった。それでも誰かを信じたくて、繰り返し裏切られ続けた日々だった。

 

裏切られた傷は消えない。それを引っくり返す言葉はない。

 

そうだとして、私は何を信じて、何を期待して、何に裏切られたのだろうか。

 

それでも、わたしのほんとうは今や過去でしかない。何をどうしたって過去は変わらないし、昨日も今日も、私は笑っていた。

 

答えが出なくても、傷が消えなくても、私は今までもこれからも笑って生きていける。

 

だからそれで別にいいんだと思う。

 

何もかもに理由付けしてたらキリがない。

 

生きるのに理由なんてなくったっていいんだ。

 

生きるら

今朝の東京は空がキラキラしてる。ものすごく綺麗だ。


髪をかけた耳に、陽の光が突き刺さってチリチリと痛む。

いい天気だ。風が強い。目にめっちゃなんか多分砂が入る。

暑い。陽射しが痛い。


元々強い肌でもなかったのが、加齢とともに弱くなり、とうとう日に当たると赤く腫れ上がるタイプの妖怪になった。

今日は日傘もキャップも装備していない。

このまま、午前中の陽射しを散々に浴びて帰宅する。

このあとどうなるかなんて、知ったことか。



また、眠れなかったのだ。


こうも眠れない日が続くと、いよいよメンタルが崩壊していく。

いや、そもそもメンタルはとうに崩壊していて、今はその通院帰りなのだ。

それにしたって寝るのが一日置きってなんだよ。

知るかよ、目を閉じられないんだ。



こうも天気がいいと、ふと、もう別に生きてる用事ないな〜って気づいてしまう。

目に付いた歩道橋の上から、ふわっと空を飛んだら気持ちがいいのでは?なんて希望を抱いたりする。


これは春の天気がいい日にめちゃくちゃ訪れる現象なんだけど、秋にも来るんですね。

ホルモンバランスヤッホー!案件である。


かと言って、死ぬ理由だってないんだ。


Beautiful sky

Beautiful world

Beautiful days


何食ったって旨くともなんともねえ。

何処に居たってなんにも埋まらねえ。


青信号が点滅をはじめても、小走りをするほどの気力もねえ。

だからって、轢かれてやるほどの義理もねえんだ。



今朝の東京は空がキラキラしてる。

もの凄く、綺麗だ。



タイトルが決められない。

去る6月8日、蛇の亜種の2公演を観に、シアターサンモールへ行ってきました。

 

思いの丈を綴りたくてしかたがなく、勢いだけで書くわけです。

乱文お許しください。構成がクソなのもお許しください。

ネタバレしか書かないので、これから観る方やDVDでご覧になる予定の方は頼むからもう出ていってください。

 

 

安里勇哉さん目当てで行ったのですが、一言で言うとものすごく私オムさんでした。なんなんだあの人(ものすごい褒め言葉のつもりですが、いけんかったら正座します)

 

も少しいうと、総合的に様々な面において「やられたな~」という気持ちでいっぱいで。

性癖ズドンでそれもやられました。

そんな、やられたやつを忘れないうちに思いついた順でぼろぼろ書きます。

 

毎シーンだいぶやられたんですけど、特に親不孝通りでラッパーが出てきた時はほんとにもう…待ってこの涙どこにおいといたらいいの?ってなって、ものすごい楽しんでしまった。

ニシキー!!!!って両チームと思ったし、岩崎ー!???って両チームとも思いました。

そして何より伽賀さん(どえらいカッコイイ)の合いの手がまた最高で、これ見ながらご飯食べたいって思いました。海苔の佃煮がいいかな。

すごいね、DVD届いたらこの夢が叶うよ。

 

あとは、亜種チームと蛇チームで席が見事に上手側、下手側と神がかったチケ運で。

チームの違いにプラスして、表情の見え方が全然違い、細かい解釈が違って見えてそわそわしつつ贅沢な思いをしました。

 

亜種チームを観ていたとき、マムシは思い切りが良い感じあって、決断力こえーよ!って思ったのですが、蛇チームの時と比べると、表情が見えないシーンがあったんですよね。

蛇チームのマムシはすごい迷う表情がめっちゃ見えて、胸が締め付けられる感覚と、さっき見たマムシと違う…?と思ったら、なんかやな方の汗をかきました。

私の目が節穴なのか、それとも違ったマムシだったのか…そう、これがわかるのがDVDです。

 

過去、「雨ウツ音ナリツヅ9日々」という作品を観たことがあるんですけど、こちらの作・演出・出演されていた新里さんも出演していて、船のシーンを演技しながら作っていく感じがかっこよくて。もうねー、ジャケットのサイズ合ってないのとかも良かったです。

終盤で出てくるテツさんがほんと「そんなに狂気孕むことある!?」ってくらいほんと寒気するほど意味わかんなくて…私にはこわすぎました。

DVDでまたあのこわいの見るのやだよォ~(笑) でも同時にちょっとまた見たい己もいるわけです。いけないクスリか。

 

そしてきっと初見の皆さんのハートを次々奪ったと思われる私オムさん、ほんとお強くて大変でした。ジム、まさひろ、しゅんくん、撃たれた人、ラッパー、牧師様。ラッパーが好きです。DVDみてもまた笑っちゃうんだろな。ソーファミソファミレ!私のハートも返してください。

 

さてさて今回主演の安里勇哉さん、ほんとにほんとに最高でした。プロモーション映像の「主演 安里勇哉」て文字で泣いた。彼のスーツはほんとにほんとに良い。そして観るたびに思うけどこの人はすごく大きい。

太ももを撃たれ、その撃たれた太ももを踏みつけられて顔を歪めて痛みに呻くマムシ観ました?あれDVDで見られんですか?えっそんな素晴らしいことあるんですか?

あるんです!

 

チホに手を差し伸べるマムシ、優しく微笑むマムシ、憔悴しきったマムシ、痛みに暴れ、血まみれになるマムシ、ナミに身を委ねるマムシ、リンゴを口にして倒れ込むマムシ… 道は蛇行していても、どのシーンもマムシは真っ直ぐで優しくて時に馬鹿野郎で。片腕になって帰ってきた時、大声を上げながら目を抉り出した時、もうやめてくれって思ってすごいつらかった。

足も悪いのに片腕になって、片目になって、それでもまだサワを守るために昔の仲間を手にかけてゆくマムシのやばさ、かっこよさったら凄かったです。私の語彙力のなさが悔やまれます。もうほんとずっとかっこよかったんです。

ラストシーンのサワを見上げるハブ、すごくいい顔してて、彼の穏やかな表情のおかげでこの作品の痛みの部分がすべて浄化されていったような感覚があって。

素直に「ああ、良かったな」って思えるラストでした。

 

欲しい救いを与えてくれる作品って、私個人はあまり巡り会うことがあまりなくて。なのでなんだかすごく新鮮でした。

 

亜種チームのアフトも参加したのですか、岩崎を演じるぶんちゃんの扱いが面白すぎでした。

音楽かかるたびにみんながストップモーションしてるのもお腹痛くて大変だった。

客席もストップモーションするとかほんとダメ。激烈久しぶりに挑戦したけど笑っちゃって無理でした。手を叩いて笑いすぎました。

 

ほんと、ずっとずっと素敵で素晴らしい時間でした。

物販の安里勇哉ブロマイド、4枚ワンセット8種類も最高でした。そんな出すことある?って思いながら全種類買いました。

 

しかし吸ったらいけないクスリみのある作品をなぜ1日に2公演も見てしまったのか。

許容量というか、用法、容量を守って正しく吸うみたいなことがまあ出来なかった。

追加購入をした一般発売の時の私のテンションの賜物です。よくやった。計画性のなさ。ビンタさせてくれ。

笑いとシリアスの両方向に濃い時間をじっくりと過ごさせていただきました。

 

DVDほんとうれしいな。

 

あの日はなんだかまっすぐ家に帰れなかった。余韻に浸りながらフラフラしてしまい、帰宅後も落ち着かなくて。

 

その夜はウンウン唸ってしまって、空が明るくなるまで寝付くことができませんでした。

 

白んだ空、久しぶりに見たな。と、言うわけで自己満足な長文はこれで終わりです。

 

6月11日は千秋楽ですね。

ついでに我が母の命日でもあります。

 

台風の影響でお足元がしんぱいですが、演者の皆様も観劇される皆様もどうかお怪我のないように、そして素敵な時間となりますように。

 

背骨をこうする

むかしのはなし

イターイ話をする

 

 

 

母が再婚し、引越し&転校をしたのが11歳の3月。

六年生の一学期からは引越し先で知らんおっさんと母と兄弟と暮らすことになった。

 

が、母がある日入院し、知らんおっさんからの加害が笑えない程度になり、卒業式間近に控えた頃に私は保護されることとなったのであった。

 

最初に保護された先は、外出することもままならず、卒業式にも行けるはずがなかった。

別に行く気もなかったけど、小学校を卒業してない?みたいなステータスが追加されたことは、当時は微妙な感じだった。

(今はネタとしておいしいかも、とか思ってる)

 

中学生活が始まる前、私は保護先から施設に預けられることとなったのだけど

残念ながら、その施設では陰湿な精神的虐待の日々が待ち受けていて、ただでさえあんまり真っ直ぐ育っていなかった私はさらにさらに心を閉ざし、鬱屈した思春期を過ごすこととなるのであった。

 

具体的に何があったかとか、細かくはさすがにもう思い出せないけど、裸足で逃げ出したり刃物を出されたり、頬を打たれて宙を舞ったりと、アクロバティックな数年間だったと思う。

 

廊下に飛び散った鮮血を拭いたりとかさ、口の中が鉄の味でいっぱいになるとかさぁ、経験しなくていいんだよこんなことって。誰も声に出して言わねえ。

ほんと、いらない経験ばかりした気がする。

 

つーか血の繋がりがないおっさんからの加害から逃がすために預けた先で、戸籍上のつながりすらないさらにさらに知らん大人たちからボコボコに加害を受けるとか、どうなってんだって話なんだよな。

当時の関係者各位は、私の母親に対して骨が見えるくらい地面に額を擦りつけて謝ってしかるべきだっただろうし、母親からしたら、ほれはどれだけ謝ったって足りないことだったと思う。

 

私への謝罪?謝った側が気持ちよくなりたいだけの贖罪タイムなんか設けるわなくない?って考えなので大丈夫です。

 

そうこうしている間に他県で死んだ子が出たり、こどもの権利条約の冊子を渡されたりしたんだけど、誰かが私をほんとうに助けてくれることは当時無かったし、母は死んで、実父や親戚が迎えに来ることもなかった。

 

未成年のわたしは、血の繋がった人たちに何度も何度も捨てられたのだった。

 

 

…ってのは全部本当にあった話なんだけど、

この嘘みたいな地獄のような日々から抜け出して、その後10年ちょっとは気を病んだりもしたからまだまだ苦労もしたんだけど

 

いまのわたしは、それはそれはとても幸せに暮らしているわけなのです。

 

春先に麻疹が流行って話題になりましたね。

人と多く接する仕事をしているため、免疫どうなってるかキニナル~って思って。

 

なれど、母はとっくに死んでるから聞けないんすよ。

ダメ元でおばに聞いてみたんだが、ご存知であるわけもなく。

まあでも私にはね、母子手帳がね、あるんですよ。

ただ、私の母ね、母親としてはそんなに積極的な人ではなかったので、私3ヶ月検診しか行ってないみたいなんですよね。

 

なるほど私が生まれてからの記録ほぼなくて、なので予防接種の記録なんぞ、ねえ。

無かったんですわ。

 

そこで思い出したのがこの地獄に預けられてた期間にかかった病のことで。

私の記憶が正しければ~あれは~麻疹なんだけど~いや~定かじゃねえ~

 

と、言うわけでもうこうなったら真剣必殺お問い合わせです。

預けられていたあのクソみたいなうんこのようなところへ、意を決して電話をしたのです。

 

もろもろを思い出しながら、ゲロ吐きそうって思いながら。

 

 

 

結果、私の記録はもう破棄されていました。

 

あ、そう。そうなの。

じゃあもう私がここにいた記録も消えてるということは、もうこんなクソなところのことネチネチ覚えとらんでよいのでは?????

私はもう本当の意味でこんなほんとクッソみてえなもんにしばられることもなくなったんだヤッター!!!!

みたいな気持ちになったわけです。

 

いやそんなもっと込み入った感覚があった上でなんだけど、そんな興味ないでしょ。

 

私はまたひとつ、悲しみや苦しみから解き放たれて、今とこの先を、幸福に暮らしていくわけなのです。

 

 

(麻疹の件は、ワクチン打った方が早いです。)

長い文を書きました

最近ようやく気持ちに余裕が出てきたので、今年を振り返ることを言い訳に、文章をやたら書こうと思う。

 

たぶん、また書かなくなると思う。

 

 

 

 

などと書き始めてから、ヌルッと二ヶ月くらい経過していた。

ああ、もう今日で2017年は終わるのぞ?

のぞのぞ?

 

いつからこんなにも遅筆になったのか。

速読遅筆妖怪。燃費が事の他クソである。

 

さて書き途中に手を加えて振り返り。

 

今年は俳優沼にぶち落ちたので、ずぶずぶの観劇ライフといった感じだった。

ちなみに月イチも観劇してない分際なので、観劇ライフとか抜かすのは烏滸がましい以外のなんでもない。

よって、観劇ライフ(当社比)といった感じだった。

あーもうここまで書いてうるさい。

 

ところで観劇するとか、本人が逐わせられる現場に仰せ参じることは、なんと表現するのだろうか。

当方、幼少期よりそーゆーやつ「参戦」っていうタイプの民だったので参戦って言ってしまうんだよな。

 

そんなわけで参戦歴

 

・2月 松ステ リリイベ

  寒すぎてつま先取れるかと思った

 

・3月 ぼくらが非情の大河をくだる時(2回)

  見終わった帰り道で即最終日のチケット取ったよね。やばい、やばかった。語彙力。

図書館で戯曲本借りて反芻してさらにやばかった。物言いがどこまでもとんでもねえな?

大声を上げる推し、ほんとにほんとにやばいんだ。せめて音源くれ~!!

 

・7月 黒ステ ライビュ

  自動販売機かわいいかわいいかよ。

いい表情してるなぁって。ずっとずっとかっこよかった。

ライビュ会場とても静かでそわそわしたっけ。

てゆかパンフやばかった。見直してもまだやばいんだわ。

 

・9月 ハイミュ (東京+ライビュの2回)

  ぴえぇええ~!推しが可愛いよおぉ~!!!!

  カイ王子のビジュアルで私軽率に何億回も卒倒してるからよろしくな。

太古の昔より夢見続けてきた理想がマジ理想そのものとしてそのまま呼吸して歌って踊ってくれるとかここは天国かなモード突入しすぎた。

 

・11月 泪橋ディンドンバンド(2回)

  気が狂うかと思うほど最高でしたし、お友達に嵐のようにLINEを送り、「何見てきたのかなんもわかんない」と言われたし、No more推しの生の太もも。しかしでかくてかわいいな私の推し。

大好きだよ。目頭熱くなってしまったっけね。

あとはブスがブスでブスだったからブスだったね。青いブス。

 

・11月 記憶の森 先行上映会 

  予想外に爆笑した。主人公の名前が一部本名と被っててんけど、実際に名前を呼ばれ出すとそれはそれはもう、大慌てでして、私の名前を連呼するのやめてくださいという気持ちに。

(名前そのものは一言も呼ばれてねんだよ自意識過剰ヤッホー)

 

・12月 カレンダーイベント

  生でかつ、至近距離でお触りすることが出来た最高にかっこよくて最高にキュートなわたしの推し、あのねぇものすごいえっちでわたしはしんだ。

あと、今まで生きてきた中でいちばん距離感が意味不明な他人って感じした。

そう、推しと私の相互関係をわかりやすく表すと「他人」。うちら他人同士なのになんで両手で両手を包みあって見つめあって微笑んで会話してんのなんだこれどうなってんだもうこれ付き合ってるのその先にあるじゃん待って待ってうちらもう結婚してない?結婚はしてねんだよなんならお前誰やねんだよ先方からしたらアアアアー!!!!みたいなループにしばらくいました。

落ち着いていられるもんか。

帰り道、おててがずっといいにおいしててほんまドスケベ体験だった。ほんととんでもねえ日だった。

カレンダーもフォトブックも最高だった。ふくらはぎありがとう。

 

・12月 ステフェス ライビュ

これからいってくっからな。ブロマイド買えなかったら泣いちゃうんだからな。

 

 

待って待って全然行ってないじゃんちょっと待て何してたんだ。なーにーがー観劇ライフだ川に落ちろ。

沼の底にいてあまつさえ川に落ちる暮らしとかまじ水分多すぎなんだよなぁ。

 

ここでびしょ濡れって書くと下ネタやめてください!!!ってなるのはなんでだろう。

え?ならない?なに健全ぶってんだ。ふざけるんじゃないよ。

ここまで言ってもわからない子はとりあえずもう寝てほしい。

 

あと、水辺の話はもういい。

 

話を急に変えてやるけど

昨年の私、2.5次元なんて無理、などと思っていたのもつかの間

どハマりしていたアニメの舞台をやることが決まり、まあでも行かないわなとか思っていたわけ。

チケットをとるという選択肢もないまま時は流れ、なにかのタイミングで見たビジュアルに転倒。

動揺を隠せないまま流れてくるレポを見れば、知っている人が次々を心臓を射抜かれて沼の底へ沈んでいくわけよ。

何が起こっているのか?と、同様が隠せない中であの床ドン写真です。

ちょっと待てどういうことだ?からのありがとうdTV、どういうことだかはなんもわからなかったし今だになんぼDVD見直してもなんもわからんちんなんですけど晴れて最高にいい意味で撃沈し、今の毎日ハッピーなわたくしめがいるわけです。

 

はー。

 

本年中は日々幸せに過ごさせていただき、ほんとうにありがとうございました。

 

上記へ記載いたしました参戦歴(はぁ?)の他にも沢山かわゆいポイントありまくりでほんとにほんとに最高だった。

トイレ我慢してるところ2回も見られたのとかガッツポーズ連続でキメたわ。

食レポまたしてね。食べたものの名前をただ言うだけなところとかほんと好きだよ。他にもたくさんなんかいっぱいあるよ。

 

 

 

年が変わる瞬間を、推しのことめいっぱいに考えながら過ごせるの最高だな。

 

 

はー、最高だ~ 

 

最高ですか~?

おこられるやつだこれ~!!!!!

 

愛い推しと、良いお年を。

 

会いたいという気持ちだけで

「ぼくらが非情の大河をくだる時」

リーディングドラマ、観にいってきてました。先週のはなし。

やっと、書くのです。

 

会いたいという気持ちだけで

A、BチームのWキャストでの公演。
うち、Bチームの初日を拝んできたんだけど、
その帰り道、電車に乗るころには楽のチケットを取り終える程だった。
地本のコンビニで発見しているときにはすでに上の空、
「なんつー配役をしてくれたんだ・・・(ものすごくいい意味)」と、
くちから魂を八割がた出したまんま、そわそわと帰路についたのであった。

久しぶりに感激するにあたり、いや、まあ感激はしたんだけどこんにちは誤字。

観劇するにあたり、キャストさんたちがそろって難しいというので
調べたりしたんだけど、お伺いしていた通り、ネットではほしいものはなにも拾えない。
やっとみつけたあらすじも、こんなんじゃわかんないよ!と声を上げるほどで
情報に飢え切ったままの当日だった。
が。
お見かけしたあらすじは、その作品のすべてで、ほんとうにそれそのものだった。

時代背景、ことば、世界観、配役、おと、照明のすべてが私にとってドツボであり、極上だった。
面倒くさい言葉を使えないのだ、端的に「ぬあ~好き~!」というところ。

両日とも、赤と青のライトに動脈と静脈を感じたんだよなあ。それもよかった。

リーディングドラマ、個人的には目で声を聴く感じだった。
途中で目がぼやけたり、耳鳴りがすごかったりして、見終わったころには全身がバッキバキに凝り固まっていた。

呼吸を整えながらのアフタートークは、もう何もよく覚えてないけど、
中屋敷さんが「Aチームはタイムスリップ、Bチームはイタコ」的なことをおっしゃっていたのが残っていて。
イタコ、そういえばそうだった、とてもそれがしっくりと来た。


安里勇哉の声がほんとうにほんとうにもの凄くよくて、そもそもとして彼の声を生で聞きたいがために来たのだから、
その欲は充分に満たされたはずだった。
しかし人は、私は強欲だ。もっともっと、そう求めてってゆーか
最初から全公演とれよな、と今とてもそう思う。そういうところ、本気だして正座してほしい。
正座はともかくとして、楽も見に行ったのは大正解だった。痺れきった。

ニコニコキャッキャしている印象がとても強いからこそ、そこから発せられる雄々しく、荒々しい熱は最高以外の何物でもなかった。

薄汚れた豚だ。
俺は駄馬だ、屠殺場へ連れて行け。

生涯忘れえぬセリフになるんだと思う。
まだぞくぞくする。もっと言ってほしいし、こうなるとちょっと違う趣旨になっている気もする。

苛立ちを孕んで声を荒げていき、クライマックスへ向かっていく様子が、
迫力を増していくその姿が神々しくてたまらなかった。
初日と楽で放出っぷりを増していたように感じられたし、ほんと、見に行けてよかった。

稚拙な言葉しかつかえないけど、すごくかっこよかった。

あんなに雄々しくて、とんでもなくかっこいいなんて知らなかった。

最近になって、「安里勇哉」という名前の沼地にハマり、
いや、落ちたのだろう。堕ちたのか、墜ちたのか。

そこんところこだわる隙間もないくらい
頭から真っ逆さまで、そうして私の世界は総てが彼だとしても過言ではない日々だ。

ハマったころからずっと、太陽のような人だと思っていた。
それが、この作品を経て、神になってしまった。
たましいごと射貫かれた私は、もうこのまま、最高の旅を続けるんだと思う。
神が、太陽が、光がそこにあり続ける限り。

 

ありがとう、安里勇哉。
(「さん」をつけろよこの・・・!!というご意見、すごいわかるごめんね)

 

クソ個人の性癖ドンドコドーンな感想を、ここまで読んでくれてありがとう。

 

地元のどこかの図書館に本があるっぽいんだけど、
信じられないことに地元の図書館一か所つぶれてて、しかもそのつぶれたところにあったっぽくって
それを掘り起こしてもらう方法を調べる気力がまだないので放置している。
問い合わせとかするのほんとできないんだ。
食券制ではない牛丼屋に行けないくらいダメなんだ。


DVDとか音源化とかしたら捉えに走るからよろしくな。

 

幸福、今夜はうどん。